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東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)132号 判決 1978年10月26日

原告

スタミカーボン・ビー・ベー

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が昭和51年7月13日、同庁昭和43年審判第9394号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文第1、第2項同旨の判決を求めた。

第2争いのない事実

1. 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和41年4月9日特許庁に対し、名称を「充填ポリオレフイン類の製法」とする発明につき(1965年(昭和40年)4月9日オランダ国にした特許出願に基づき優先権を主張して)特許出願をしたが、昭和43年8月28日拒絶査定を受けた。そこで原告は審判の請求をし、同年審判第9394号事件として審理されたが、昭和51年7月13日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、(出訴期間として3ケ月を附加する旨の決定とともに)同年7月21日原告に送達された。

2. 本願発明の要旨

一方を繊維状充填剤とし、他方を粉末補強無機充填剤とする少なくとも2種の充填剤をポリオレフインに添加し、充填ポリオレフイン中にポリオレフインが50―90重量%含まれるような割合にしたことを特徴とする充填ポリオレフインを製造する方法

3. 審決の理由

本願発明の要旨は前項のとおりである。

これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された本出願前国内に頒布されたラバーダイジエスト9巻3号49頁から62頁、工業材料12巻4号45頁から48頁あるいは松尾秀郎著「ポリエチレン」(株式会社誠文堂新光社 昭和35年4月30日発行)57頁から59頁(これらをそれぞれ「第1ないし第3引用例」という)に記載されているようにポリオレフインに各種性質を改良する目的で充填剤を配合することおよび充填剤としては繊維状のものや非繊維状のものがあつて、しかもそれぞれ多種類あることは本出願前公知の事実であり、しかも、各種充填剤をポリオレフインに配合した場合、ポリオレフインの性質がどのように変化するかも知られている(たとえば前記第1引用例の第2、第3、第4、第5表、第2引用例の第1、第3、第4、第5表あるいは第3引用例の第21表)。

一方、本願発明では使用する充填剤について繊維状充填剤および粉末補強無機充填剤と規定しているが、それぞれに包含される充填剤には極めて多種のものがあり、繊維状充填剤はまた補強充填剤でもある。

そして、充填剤は充填剤配合樹脂の最終用途に応じて選択されるべきものであること、前述のように充填剤を配合したポリオレフインの機械的性質が知られていることおよびポリエステルのようなポリオレフイン以外の樹脂においては嶋田吉英、仁木正夫著「ポリエステル樹脂」(昭和36年6月15日、日刊工業新聞社発行)77頁から88頁にも記載されているように2種以上の充填剤を配合することも知られている。

したがつて、本願発明はポリオレフインの補強の目的で二つの群の補強充填剤から1種以上ずつ選択したにすぎず、前記第1ないし第3引用例の記載から容易に考えられたものと認められる。

第3争点

1. 原告の主張(本件審決を取消すべき事由)

一般に繊維状充填剤を加えて剛性ポリマーの性質を改善した場合は、更に粉末状充填剤を添加すると、繊維状充填剤による改善性質が減少する。ところが本願発明では繊維状充填剤および粉末補強無機充填剤の双方をポリオレフインに添加し、充填ポリオレフイン中にポリオレフインが50から90重量%含まれるようにしたことにより、弾性率およびクリープ抵抗性がおのおの単独に加えた場合の弾性率およびクリープ抵抗性の総合効果をはるかに上まわる相乗効果が達成された。このような相乗効果は、各引用例には示唆されていないし、当業者にとつて全く予期しえない程度のものである。

しかるに、審決は、本願発明のこのような顕著な効果を看過し、進歩性の根拠としなかつた判断の誤りがあるから違法であり取消されなければならない。

被告は、本願明細書の6例の実施例からだけで、本願発明の構成要件に該当するすべての場合について、右の相乗効果を奏することを推認しえないと主張する。しかし、実施例とは、発明の最良の態様を記載すべきであつて、本願明細書の実施例も、ポリオレフインとしては、代表的なポリエチレンおよびポリプロピレンを選択し、2種の充填剤の量比および総量も、効果を確認しやすい場合を選択して記載している。そして、2種の充填剤は、粉末状であるか繊維状であるかが重要であつて、その種類により相乗効果は影響されない。更に2種の充填剤の一方の量比を極端に少くすれば、実質的に1種の充填剤しか混入されていないと同じことになり右相乗効果はもち論得られないことになるから、本願発明の要旨において、2種の充填剤の量比は、相乗効果が得られる範囲内と解釈すべきである。本願明細書7頁20行目から8頁4行目までには、2種の充填剤の好ましい割合が記載されており、この範囲から余りかけ離れた範囲は本願発明の範囲外と解すべきである。以上のことを前提とすれば、本願発明の構成要件に該当するすべての場合について、右相乗効果を十分に推認しうる。

2. 被告の答弁

本願発明の要旨および本願明細書によれば、本顧発明のポリオレフインには、極めて多種多様の重合体、共重合体が含まれており、それらの中には、低圧法ポリエチレンやポリプロピレンのような硬い樹脂、塩素化ポリエチレンやポリイソブチレンのようなゴム状のもの、あるいは、ポリスチレンのような衝撃に弱く脆いものなど様々の性質のものがある。また、繊維状充填剤と粉末補強無機充填剤についても、多種多様のものが含まれている。しかも右両充填剤間の量比については、本願発明の要旨において全く限定されていない。そうすると、本願発明の構成要件に含まれるポリオレフインと2種の充填剤の組合せは、2種の充填剤の様々な量比をも含めると、極めて多数におよぶはずである。

ところで、出願に係る発明が顕著な効果を奏するというには、その発明の構成要件に該当する範囲内ですべて顕著な効果を奏することが認められるか、少くとも推認されなければならない。しかるに、本願明細書にはわずかに、低圧法ポリエチレンに関する5例と、ポリプロピレンに関する1例が記載されているにすぎない。そして、右実施例において、充填剤との組合せは全部でわずか4例にしかすぎない。しかも充填剤の配合量についても、ポリオレフインの60から50重量%に対して繊維状充填剤20から30重量%、粉末無機補強充填剤20重量%の範囲内のもののみである。

更に、第2引用例によれば、ポリプロピレンに充填剤を混入した場合、充填剤の種類により強化の効果が異なり、同じ繊維状充填剤であるガラス繊維と石綿の間でさえも、好適な量が異なることが明らかである。

そうすると、本願明細書に示されたわずか6例の実施例だけから、本願発明の構成要件に該当するポリオレフインおよび2種の充填剤のその量比を含めたあらゆる組合せについて、すべて原告主張の顕著な効果を奏していると推認することは到底できないといわなければならない。

第4当裁判所の判断

1. 先ず本願発明の構成要件中のポリオレフインがどのようなものか検討する。

成立に争いのない甲第2号証によれば、本願明細書には、「ポリオレフイン類とは1種乃至数種のオレフイン性不飽和モノマーの少くとも分子量が10,000の熱プラスチツクポリマー類、共重合体類、及びブロツク共重合体類を称すもので、例えば、エチレン、プロピレン、ブチレン、イソブチレン、ペンテン、イソペンテン、ヘキセン、4―メチルペンテン―1、スチレン等で、これらは高圧法、中圧法、低圧法で得ることが出来る。必要に応じ、ポリマー類を例えばアクリル酸、アルフアアルキルアクリル酸類、その他オレフイン性不飽和酸類、またはこの種酸類の塩類またはエステル類、とくにアルキルエステル類とナトリウム塩類の如き共単量体から誘導することもできる。ポリエチレンまたはエチレンの共重合体類の如き、ポリ―α―オレフイン類を使用することも望ましい。とくに望ましいポリ―α―オレフインは比重が0.935g/cm3以上のポリエチレンである。必要に応じて、例えばハロゲン化或はグラフト化して化学的に変えた前述のホモポリマー類、共重合体類、あるいはブロツク共重合体類の混合物も使用することが出来る。」(2頁19行目から3頁末行)と記載されていることが認められる。この記載によれば、本願発明のポリオレフインには、極めて多種多様の重合体、共重合体が含まれていることが明らかである。そして成立に争いのない乙第2号証によれば、本願発明のポリオレフインに含まれるポリスチレンは硬質で衝撃に弱いこと、低密度ポリエチレンは、柔軟であり耐熱度が60℃前後であること、高密度ポリエチレン(低圧法ポリエチレン)やポリプロピレンは軽荷重の場合は110℃まで使用できることが認められる。また成立に争いのない乙第1号証によれば、塩素化ポリエチレンは軟かくゴム状であること、イソブチレンの共重合体は合成ゴムとして用いられること、ポリイソブチレンはゴム状固体であること、前記乙第2号証によれば、エチレン-プロピレン共重合体は飽和ゴムであることが認められる。したがつて、本願発明のポリオレフインに含まれる多種多様の重合体、共重合体は、硬質で衝撃に弱いものからゴム状のものまで種々の性質を有しているということができる。

次に本願発明の構成要件中の繊維状充填剤について検討する。

前記甲第2号証によれば、本願明細書には、「この発明の組成に用いる繊維状充填剤は無機物質で、シリコン及び酸素を含有するものが望ましく、例えば岩綿、ガラス繊維、石英繊維、セラミツク類の繊維、およびアスベスト類がある。とくにカクセン石群のアスベスト類、例えば透閃石、透縁閃石、またとくに直閃石が好適である。これらカクセン石群のアスベスト類はクリープ抵抗が頗る高くまた弾性率が極めて高いポリオレフイン類を生成することが出来るからである。他の系統のアスベスト類たとえばカンラン石の如き蛇紋岩群を含むものも使用できる。(中略)この発明の組成に使用できる他群の繊維状充填剤は金属繊維類、たとえば銅繊維またはアルミニウム繊維で、必要に応じては化学的または物理的前処理を施しても差支えない。繊維状充填剤は有機物でもよい。例えば、繊維状ポリエステル類またはポリプロピレン、その他合成繊維、または完全に或いは部分的に変更させた天然繊維または全く手を加えない天然繊維、例えばレーヨンでも良い。最終生成物についての所要性状に応じて、この発明によるポリオレフインに各種繊維状充填物を添加することが出来る。充填剤繊維の長さは相当に広範に亘ることが出来る。ある場合には最大限を使用する充填物の性質によつて左右しなければならない。たとえば、アスベスト繊維の長さは通常8cmまでであるが、ガラス繊維ではどのようにでも長くできる。必要に応じ、不当に長い繊維は充填剤をポリオレフインに混和するときにチヨツプ或いは混合作用で短くすることが出来る。この発明の組成の繊維の最少限の短さは約0.1mmであるが、1mm以上の長さであることが望ましい。繊維の断面は0.1乃至100ミクロンの間である。」(4頁1行目から5頁20行目)と記載されていることが認められる。この記載および本願発明の要旨によれば、本願発明における繊維状充填剤には、金属ないし非金属を含む無機質のものから有機質のものまで種々の材質のものがあり、繊維状という以外はその形態も表面の性状も特定されていないため、非常に広範なものが包含されていることが明らかである。

更に本願発明の構成要件中の粉末補強無機充填剤について検討する。

前記甲第2号証によれば、「この発明の組成に用いる粉末、補強、無機充填剤はカルシウム、硫化バリウム、炭酸マグネシウム、シリコン及び酸素(この次に「を含有する化合物」という趣旨が脱落していると認める。)、例えばシリカ及びケイ酸塩を含有する化合物、例えばケイ酸マグネシウム、ケイ酸アルミニウム、飛散灰、粉末花崗岩、粉末板岩、とくに炭酸カルシウム或は滑石末で極めて安価な充填剤であり、繊維状充填剤と併用すると良好な性質の充填ポリオレフイン類が出来る。用語「補強充填剤」とは充填ポリオレフインについて20(重量)%をポリオレフインに添加したとき、充填しないポリオレフインの弾性率に比較して25%以上弾性率が高まるものをさす。」(6頁1行から14行)と記載されていることが認められる。この記載によれば、本願発明における粉末補強無機充填剤には、種々の材質のものがあり、粉末という以外はその形態も表面の性状も特定されていないため、非常に広範なものが包含されていることが明らかである。

そして、本願発明における2種の充填剤間の量比については、本願発明の要旨において全く限定されていない。

そうすると、本願発明の構成要件に含まれるポリオレフインと2種の充填剤の組合せは、2種の充填剤の様々な量比をも含めると、極めて多数におよぶはずである。

2. 以上のように、本願発明は広範な内容の構成要件からなるものであつて、成立に争いのない甲第4号証(第2引用例)、同第5号証(第3引用例)に徴すれば、充填ポリオレフインの製法改良として、かような構成自体は当業者が容易に想到しうると認められるので、その構成が発明としての進歩性をもつとするには、それが顕著な効果を奏することが確認されなければならないところ、そのためには、その発明の構成要件の範囲内ですべて顕著な効果を奏することが認められるか、少くとも推認されなければならない。そこで本願発明の構成要件に該当する範囲内の前記の極めて多数の組合せのすべてについて、原告主張の顕著な効果を奏するかどうかの点を検討する。

前記甲第2号証によれば、本願明細書には、6例の実施例しか記載されていないこと、これらの実施例においては、ポリオレフインとしては、低圧法ポリエチレンとポリプロピレンの2種、繊維状充填剤としては、白色アスベストとカクセン石群の2種、粉末補強無機充填剤としては粉末炭酸カルシウムと滑石粉末の2種しか示されていないこと、その組合せは、例1および例2の低圧法ポリエチレンと白色アスベストと滑石粉末の組合せ、例3および4の低圧法ポリエチレンとカクセン石群と滑石粉末の組合せ、例5の低圧法ポリエチレンとカクセン石群と粉末炭酸カルシウムの組合せ、例6のポリプロピレンとカクセン石群と粉末炭酸カルシウムの組合せの4例のみしか示されていないこと、そして、その成分の割合範囲も、ポリオレフインは50と60重量%で、本願発明の構成要件の限定値である50から90重量%の一方の端にあたる組成割合のものであり、繊維状充填剤は20と30重量%、粉末補強無機充填剤は20重量%のものしか示されていないこと、ならびに右6例の実施例については原告主張の相乗効果を奏することが記載されていることが認められる。

原告は、右6例の実施例から本願発明の構成要件に該当するすべての場合について相乗効果を奏することを推認できると主張し、その根拠の一つとして、右実施例のポリエチレン、ポリプロピレンはポリオレフインの代表的なものであると主張する。しかし、右実施例で示されている低圧法ポリエチレンとポリプロピレンは前項で検討したとおり、軽荷重の場合は110℃まで使用できるものであつて、比較的硬質のものであるのに対し、本願発明におけるポリオレフインは、そのようなものに限られず、ゴム状のものまで包含される多種多様なものであることは前述のとおりであるから、本願発明のように重合体の性状であるクリープ抵抗性および弾性率が問題になる場合に、右実施例の低圧法ポリエチレンとポリプロピレンが本願発明のポリオレフインのすべてを代表するとは到底いえない。

また原告は、2種の充填剤は、粉末状であるか繊維状であるかが重要であつて、その種類により相乗効果は影響されないと主張する。しかし、充填剤の形態が繊維状であるものと粉末状であるものとの組合せというだけによつて、クリープ抵抗性および弾性率に相乗効果がもたらされるという合理的根拠を示す資料は存在しない。しかも成立に争いのない甲第4号証(第2引用例)によれば、ポリプロピレンに充填剤を混入した場合、充填剤の種類により強化の効果が異なり、同じ繊維状充填剤であるガラス繊維と石綿の間においても混入量と強化の効果に相違のあることが認められる。したがつて原告の右主張もにわかに採用することはできない。

更に原告は、本願発明の要旨において、2種の充填剤の量比は、相乗効果が得られる範囲内と解釈すべきであり、本願明細書に記載されている2種の充填剤の好ましい割合の範囲から余りかけ離れた範囲は本願発明の範囲外と解すべきであると主張する。しかし、本願発明の要旨においては、2種の充填剤の量比について何ら限定していないし、前記甲第2号証によれば、本願明細書には、好ましい混合割合から余りかけ離れた範囲とはどのような範囲をさすのかについては何も説明されていない。したがつて本願発明を原告の右主張のように解釈することはできず、本願発明においては、2種の充填剤の量比は、あらゆる混合割合を含むものであつて、構成要件としては何ら限定されていないものと解するほかはない。

以上検討したところによれば、本願明細書に記載されている6例の実施例については、原告主張の相乗効果を奏することが認められても、これを根拠に本願発明の構成要件に該当する範囲内の前記の極めて多数の組合せのすべてについて、右の相乗効果を奏すると認め、または推認することは到底できないといわなければならず、右相乗効果の存在を前提として、進歩性を否定した審決の違法をいう原告の主張は、採用することはできない。

3. 以上のとおり、本件審決には、原告主張の違法はなく、その取消を求める原告の本訴訟請求は失当であるから棄却し、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して主文のとおり判決する。

(小堀勇 舟本信光 石井彦壽)

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